声かけの力~リハビリの現場から在宅介護まで~

普段、私たちが何気なく行っている声かけやコミュニケーションが、実はリハビリの成果を大きく左右していることをご存じでしょうか?立ち上がり訓練や歩行訓練を行う際、リハビリ職員は利用者様がより効果的に運動できるよう、適切なタイミングで声かけを行います。これは、利用者様の問題点を的確に把握し、効果的な運動メニューを考えることと同じくらい重要なことです。さらに、こうした上手な声かけやコミュニケーションは、在宅や施設での介護を円滑に行うためにも大いに役立ちます。

リハビリでは、利用者様ご本人やご家族からの聞き取り、あるいは実際にご自宅を訪問し、生活場面と身体状況を照らし合わせながら課題を明確にしていきます。

その上でリハビリプログラムを作成し、「今はできていない動作」の獲得を目指して訓練を進めていきます。このとき、動作の獲得に欠かせないのが 運動学習 の視点です。

効果的な運動学習には、「適度な難易度の課題設定」と「うまくできた!」という成功体験が欠かせません。そして、その成功体験をさらに強化するために重要なのが、「よくできましたね」「頑張りましたね」といった前向きな声かけです。また、優しい声かけは相手の不安を和らげ、安心感や信頼を生み出します。その結果、リハビリへの意欲や集中力が高まり、動作の改善にもつながりやすくなります。

人は、うれしい・楽しいと感じたことを「またやってみたい」と思うようになります。これは脳の働きによる自然な反応です。「うまくできた」「褒められた」という経験が、次の訓練への意欲を引き出し、「自分でもっとやってみよう」という前向きな気持ちにつながっていくのです。このように、声かけやコミュニケーションの工夫は、ただの励ましではなく、利用者様の回復を支える大切な要素です。そして、その効果はリハビリの場面だけにとどまりません。

たとえば、歩行訓練中に「しっかり!ちゃんと歩いて!」と強く言われると、緊張や不安から足が止まってしまう方もいます。一方で、穏やかな表情で具体的にどんな歩き方が良いかを伝え「いい調子ですよ。ゆっくりで大丈夫です」と声をかけると、安心して一歩を踏み出せることがあります。同様に、介護の場面でもトイレやベッドの乗り移りの場面などで急かす様な声かけではなく、笑顔でゆっくり・はっきり・大きな声で具体的に何をすればいいかを伝え、「大丈夫ですよ。ゆっくりでいいですよ」と伝えるだけで、相手の反応が穏やかに変り、かえって思った通りの動きを滞りなく行ってもらえる事も少なくありません。

ご自宅で高齢のご家族と同居されている場合や、日々介護をされている方にとっても、こうした声かけやコミュニケーションの工夫は非常に大きな効果を発揮します。「ありがと

う」「ゆっくりで大丈夫ですよ」といったやさしい言葉や頷きや笑顔などのコミュニケーションはご本人の安心感や自信を育むだけでなく、ご家族との信頼関係を深め、介護の負担感を軽減する助けにもなります。

特に在宅介護では、毎日の積み重ねが長期にわたるため、精神的な負担を和らげる「言葉の力」がとても大切です。たとえ特別な技術や知識がなくても、温かい声かけや、気持ちに寄り添った関わりが、ご本人の生活意欲やリハビリへの前向きな姿勢を育てます。

それはやがて、「できることを増やす」リハビリの成果として現れ、介護する側にとっても「手助けが少なくて済む」安心へとつながっていきます。もちろん、すべてがうまくいく日ばかりではありません。思うように動いてくれない、会話が続かない、そんな場面もあるかもしれません。しかし、日々の関わりの中で重ねられる言葉のひとつひとつが、少しずつ信頼と前向きな気持ちを育てていきます。

在宅での介護には、時に限界を感じることもあります。そんなときは、無理をせず、必要に応じて周囲の支援や専門職の力を借りることも大切です。そしてその中で、日常の声かけやコミュニケーションが、介護される方の心身の支えとなり、介護する方の安心と達成感につながるということを、ぜひ意識していただければと思います。

声かけやコミュニケーションは一見小さなことのように思えますが、その積み重ねが、利用者様ご本人の暮らしの質を高め、ご家族の介護をより前向きなものにしてくれる「大きな力」となるのです。

理学療法士 森田隼矢