はじめに能登半島地震で被災された方、大切な人を亡くされた方、心よりお見舞いを申し上げます。ご自身も被災されながら、今この時も寒空の下で励まし合い、医療・介護に従事されている皆様方が一日も早く平穏な日常を取り戻せますよう願うばかりです。
「初心忘るべからず」とは世阿弥の残した言葉です。世阿弥は能楽(猿楽)の創始者・観阿弥の息子で、波乱万丈な人生を送った能楽の一流芸人でした。晩年に出家し、たくさんの書も残しました。
2000年に朝日新聞が、西暦1000年から1999年までの「日本の顔10人」を実施しました。識者5人が選んだ中で、世阿弥は徳川家康・織田信長に次いで得票数で3位と評価されている人物です(Wikipediaより)。
1370年代、10代の世阿弥は時の将軍足利義満の寵愛を受け、能楽の道を精進し38歳で能楽論「風姿花伝」を著しました。これは最古の能楽書、最古の演劇論といわれます。将軍の代が変わると暫くして冷遇されるようになります。60歳で出家した世阿弥は権力者の何らかの怒りを買い、71歳の高齢でありながら流刑を受け佐渡へ流されます。その後流刑が解かれ京都へ戻り、81歳で亡くなりますがこの頃の詳細は分かっていないようです。能楽では世阿弥の流派は観世流として現代にも受け継がれています。
世阿弥が芸の向上のために残した言葉が「初心忘るべからず」です。
「いまだ未熟であった初心の頃を忘れず精進せよ」、といった意味であろうと受け止め、私の自戒の言葉でもありました。
この言葉には実はもっと深く、奥行きがあり、現代を生きる私にも仕事や生活の中に活かせるものであることを知りました。
世阿弥は60歳の時に3つの初心について考えをまとめています。
1.是非初心忘るべからず
若い頃の初心を忘れては芸の上達はできない。未熟であった若い頃の失敗や苦労を経て身に着けた芸を忘れてはならない。
2.時々の初心忘るべからず
「時々の初心」とは歳を重ねると共に、その時々に積み重ねていくものを指しました。その年齢にふさわしい芸を披露するための初めての挑戦や、最盛期を過ぎてもその時々の未熟さを忘れてはいけない。
3.老後の初心忘るべからず
老年期になって初めて出会う芸もあり、戸惑いなどそれらを乗り越えていかなければならない。歳を重ね長く携わってきたからと言って完成したと慢心してはいけない。「もうここまででいい」という事はない。
「初心忘るべからず」とは芸の達人が芸事を極めていく上での姿勢について残した言葉です。
しかし、これは私たちが人生の様々なステージにおいて「その時々の未熟な自分」と向き合う事の大切さを教えてくれています。若く未熟で失敗ばかりでも、歳を重ね貴重な経験を積んでいても「さぁ、まだまだこれからだ」と新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むような清々しさを感じます。
介護医療院だんえんはおかげさまで5月で開設1年を迎えます。まだまだ未熟な若い施設ですが、皆が初心を忘れず、その時々の課題に真正面から向き合って入居者様に喜んでいただける医療・介護を提供していきたいと思っています。
介護医療院だんえんでは入居者様が増え、一緒に働く看護師さん、介護士さんを募集しています。無資格の方や助手として業務をサポートしてくれる方も大歓迎です。
研修や委員会は業務時間内に行いますので残業はほとんどなく、年間休日も120 日以上。
パート勤務でも働く時間や曜日も相談で多様に。シニアの方もぜひご相談ください。
介護医療院だんえん 施設理念
入居者一人一人が穏やかな生活を送るため
①家庭のようなあたたかみをもって、
②居室環境や生活リズムなど個々の希望に寄り添うために、
③多職種、ご家族、地域で連携して、総合的なケア(医療介護リハビリ等)を行う
介護医療院だんえん 基本方針
・医療と介護の必要度が高く、在宅生活が困難な方が穏やかに過ごせる環境を整える。
・職員は入居者個々の目線に立って、居住空間であることを意識したケアを行う。
・入居者の希望を実現するための課題を、担当職員一人で抱え込まず、多職種やご家族と連携してより良い解決を探す。
・必要に応じて地域社会の協力を得るため、老健施設とも連携して日頃から地域に根ざした活動を行い、気軽に相談しやすい関係をつくるための発信をしていく。
入居のご相談、お仕事のご相談、お待ちしています。
看護部長 中尾 健一