利用者さまとリハビリをしていたある日の事です。
机上作業中に口ずさんでいた歌が榊原郁恵の『夏のお嬢さん』だったことに大変驚きました。
私が当施設に就職した当時は明治や大正生まれの方が多く、
美空ひばりやテレサテン、時には軍歌等を歌唱課題に多く用いていました。
知らない歌ばかりで自宅でレンタルCDを聴いてから利用者さんと歌っていたあの頃、
今では知っている歌ばかりで自然と歌える自分に思わず笑ってしまいました。
こんなふとした利用者さんとのやりとりでいろいろな事に気付かされます。
携帯電話からスマートフォン、時代はどんどん移り変わります。
「私は昔の人間だから使いこなせないよ。」とおっしゃる利用者さんも
遠方にいる娘さんのために一生懸命メールを作成していました。
目的のために挑戦しよう・やってみようという気持ちは人間が持てる思いの一つであり、
その人自身を輝かせる無限のパワーを秘めています。
こんなこともありました。
訪問先の利用者さんはお散歩が好きでした。
病気の後遺症で言葉が思うように上手く伝えられず言葉のリハビリとなるとつい逃げ腰になります。
一緒にお散歩をしていたある春の日、「これはなんの花ですか。」と尋ねると
桜の花であること、その中でも年に2回花を付けるのだと教えてくれました。
その花の名前がなかなか思い出せずなんとか説明を繰り返していくと『10月桜』であることがわかりました。
表情がぱっと明るくなり、ありがとうと何度も言って下さいました。
それからは趣味だったゴルフの話や昔の写真を毎回用意していて積極的に会話をしてくださいました。
自分の興味のあることは話しても聞いても嬉しくなります。
一番キラキラしていた頃の自分のことをちょっぴり得意げに話して下さるその姿はたいへん可愛らしく、
また違う会話の引き出しを見つけてお話してほしいという思いにさせてくれました。
そして我が家でも…
帰宅してクタクタで特に中日はへとへと。お天気が悪かったり、寒い時には尚更です。
一息ついた時、私の荒れた手を見て我が子が大切にしているキャラクター付きカットバンを「いたいのぉ とんでってぇ」といってはってくれました。
疲れが吹っ飛んだのはもちろんのこと、「どうもありがとう。」という言葉が心の奥底から湧き出てきました。
人間は老若男女問わず社会生活を営む上で知覚・感情・思考を伝達します。これがコミュニケーションです。
動物にも身振りや音声・匂い等で情報の伝達は行われます。しかし言葉を交わすコミュニケーションは人間特有のものです。
そこには言葉として交わさなくても行われるコミュニケーションも生まれてきます。
思ってもいないのについ言ってしまうこと、わかっているけれど気がつかないフリをすること…ときにはこんなやりとりもあるかもしれません。
それでも喜ばせたい、心配させたくない、でもちょっぴり気にかけてほしい、いろんな思いは相手がいるから生まれる気持ちです。
新型コロナウイルスということばを耳にしない日は一体いつになるのでしょうか。
新たな年度、色々な門出の幕開けのはずが外出自粛や休校が要請されスタートしてみてもフライングばかりです。
どこにも行けず誰にも会えずネガティヴになってしまう日々…でもそんな今だからこそ気付くことのできる大切な何かが見つかるのかもしれません。
何気ない日常の生活、人生の大先輩である利用者さんたちと交わしてきたいくつものやりとり等振り返ることのなかった「今まで」がこれからも続けられるようにと心から願う日々です。
言語聴覚士 髙久聡美